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21世紀のサイノツノブログ

サイノツノによる提言

「女は得だ」は本当か?--レディースデイ、女性専用車両、アファーマティブ・アクション

For Women 現代社会論考 フェミニズム

「女は得だ」と言う人がいる。

そうかもしれない。というのも、今の日本は相対的に女性が不利なシステムで動いているけれども、その一方で、女性は不利なシステムを逆手にとった「戦略」をとることができるからだ(『女性学・男性学 改訂版 -- ジェンダー論入門 (有斐閣アルマ)』)。

例えば、体力的な弱さを理由に保護されることはその「戦略」の一例である。重いものは男性が運ぶといったことだ。男性の方が稼いでいるから、食事は男性が奢るものといったことも、経済的な格差を逆手にとった「戦略」の一つであろう。

得だ、と言っている人はこのようなことを指していると思われる。

しかし、よく考えてみよう。保護されるということは、一人前とみなされていないということでもある。責任がとれない存在だということだ。それって、ペットや子供、(昔なら)奴隷と変わらないのではないか?どのような人でも人間として扱いたいと思うし、人間として扱われたいと思う私は、そのような戦略を以て得だとは考えられない。

 

「女は得だ」のほかの事例はどうだろうか。

映画の割引、レディースデイはどうだろうか。これは、マーケティングの問題であろう(毎週水曜日は「レディースデー」 …これって「性差別」じゃないの? | シェアしたくなる法律相談所)。つまり、映画ビジネス。

婚活の女性料金が男性よりも安いことが多いことはどうか。これは、女性が売り手の市場であるということであろう。つまり、婚活ビジネス。

女性専用車両はどうか。人権侵害である痴漢という行為が多発し、被害者のほとんどが女性であるということを考えたら、これは現状に合わせたやむを得ない措置だろう。もっとも、暫定的にはたしかに意義があると思うが、将来的にはわざわざ分ける必要がないように、人権侵害であり犯罪である痴漢という行為自体をなくす取組が必要だろう。また、そもそも満員電車自体がおかしいという問題がある。おそらく、女性専用車両で女は得している、と言う人は、「満員電車の苦痛を逃れやがって」と言っているのだと思う(とは言え、女性専用車両は、男性にとっても痴漢冤罪のリスクを下げるという意味では歓迎すべき措置であるとも言えるのだが)。満員電車はたしかに苦痛だが、女性専用車両は満員電車を逃れるというよりは、痴漢対策の話だから、それはまた別の問題だろう。

 

女は得なのだろうか?

アファーマティブ・アクションはどうだろうか。

ジェンダーの法律学 第2版 (有斐閣アルマ)』によれば、アファーマティブ・アクションは、「過去の差別の結果としての格差を埋める」措置である。「女性差別撤廃条約」において、国連は、男女平等達成のための国の責任を明らかにしている。国の責任の根拠は、人権を構成する要素の一つである社会権である(人権のもう一つは自由権)。社会権は「自由権の保障の結果としての自由放任体制によってもたらされた階級を是正」するためのものである。国は、自由権に関しては介入してはならないが、社会権に関してはむしろ積極的に介入する必要がある、とされている。つまり、国に対して、事実上の平等のために、差別禁止法の制定や家庭と社会的役割を両立するための制度の創設などによって、社会権の保障を求めているのである。その保障のためのアファーマティブ・アクションであるのだ。

アファーマティブ・アクションの成功例として、アメリカがある。1967年、国と契約している企業や国から援助を受けている教育機関に対しての「行政命令」によって開始された。まず、該当の団体に計画書を作らせる。作った計画が実施されなければ、企業名の公表、契約停止、資格はく奪、援助停止などの厳しい措置がとられることとなった。訴訟も多かったが、1970~80年代にかけて、大きな効果があったという。これは、しっかりと罰則を定めたことが成功の理由である。

「過去の差別の結果としての格差」を埋め、国連が積極的な介入を求めており、実施した国では効果があるアファーマティブ・アクション。これは、人権の保障の一形態であり、決して女性が得をする、ということではない。

日本の状況を見るに、自然なままに任せていたら女性の社会的な地位は向上しない。管理職や政治家として意志決定の場に女性が参画できるように、アメリカくらいの意気込みでアファーマティブ・アクションを行うべきだろう。日本も国際社会の一員なのだから。

もちろん、アファーマティブ・アクションはあくまで緊急対策のようなものである。未来のあり方としては、どのような性別であってもフェアなのが一番だ。その前に、あまりにも不均衡な状態を変えなければお話にならない、ということだ。

 

「女は得だ」は本当だっただろうか?

検証はここでおしまいだ。

 

さいごに。

常々思っていることだが、性別というのは便宜的なものに過ぎない。なぜなら、本当は男とか女とかきっぱり分けられないからだ。体つきのざっくりとした傾向はあるけれど(ペニスとかヴァギナとか)、それでもインターセックスだってあるし、性的指向まで含めればヴァリエーションは様々だ。性別は、今の枠組みの中で何かを伝えるための共通言語くらいの意味しかない。また、性別は「あなた」の構成要素の一つに過ぎない。

なのに、性別だけで社会的役割が決まったり(これがまさにジェンダーということ)、差別があったりする。男性より体力のある女性だっているし、男性より稼いでいる女性だっているのに、性別で論じようとすると、そういった当たり前の事実を忘れそうになってしまう。本来は、性別の差よりも、個人差の方を見る必要があるはずなのだ。性別という色眼鏡をかけて「あなた」を見ると、「あなた」の色々な部分が見えなくなってしまう。

私は目の前の「あなた」のあるがままが見たいのだ。「女は○○だ」「男は○○だ」というような、性別だけで人間を語る時代を終わらせたいのだ。だから私はこういう記事を書いている。

 

女性学・男性学 改訂版 -- ジェンダー論入門 (有斐閣アルマ)

女性学・男性学 改訂版 -- ジェンダー論入門 (有斐閣アルマ)

 

大学1年生でも理解できるように書かれた入門書。まんが付き。女性学男性学が扱うトピックの全体像を掴むことができる。著者の1人である伊藤氏は、日本における男性学の創始者であるので、「男性」というジェンダーゆえの問題が詳しくわかる。

ジェンダーの法律学 第2版 (有斐閣アルマ)

ジェンダーの法律学 第2版 (有斐閣アルマ)

 

 ジェンダーの問題に関する国連の動き、各国の女性参画への取り組み、日本における女性の人権に関わる法律などが詳細に解説されている。国際的な流れがどのように変化してきたのか、それを受けて日本の法律がどう変化してきたのかがよくわかる。日本の女性参画への取り組みに足りないのは、国・自治体・企業の積極的な介入である。

 

実はこの記事、ちょこちょこ更新してます。

horn-of-rhinoceros.hatenadiary.jp