21世紀のサイノツノブログ

サイノツノによる提言

自由な選択と本ーー専業主婦という選択について

女子大生の専業主婦志向が高まっているらしい。

その理由というのが、母親世代をみて疲れたからだとか。その気持ちは分からないでもない。私の母親だけを見ても、主婦業を担いながら仕事もこなして、疲弊している。

でも、疲弊した姿を見たという理由だけで、「だから専業主婦になりたい」というのは、あまりにも短絡的ではないだろうか。

 

念のために断っておくが、私は専業主婦そのものを批判したいわけではない。専業主婦が無賃金というのが信じられない位仕事が多いのはわかるし(家族に子どもや高齢者がいれば尚更)、専業主婦とは家族を支える重要な役割である、と思っている。実際、専業主婦の仕事に誇りを持っていらっしゃる方はたくさんいるし、素晴らしいと思う。

 

私が疑問に思っているのは「選ぶ」という行為についてだ。「専業主婦になりたい」と言う時に、能動的な思考があったのか、ということだ。

母親世代が疲弊したということは、何らかの問題があったはずだ。「母親が疲れている。だから専業主婦になろう。」という短絡的な判断は、様々な問題は温存したまま、仕方なく自分が諦めるということだ。

母親世代に対する社会側のサポートであるとか、女性の権利獲得の歴史であるとか、現在の社会情勢であるとか、そういった専業主婦という仕事の周辺を調べてから「専業主婦になる」と判断するならば、それは完全に自由意志のもとの自由な選択であって、何も問題はない。

しかし、そこまで考えているよう人はあまりいないように思う。疲れて、妥協して、受動的に選ばされているだけのように見えるのだ。

 

そこで今回は、自由な選択について考えてみたい。

自由な選択をするために必要なものはなんだろう。それは、自由なリソースだ。自由なリソースとは、簡単に言えば本である。

 

なぜ本が自由なリソースと言えるのか。

本は、その筋の専門家が書いている。その専門家の持つ知識を凝縮し、長い時間をかけて書かれる。ネットなどの匿名のメディアとは違い、名前を出して、責任を持って書いている。また、本は出来上がるまでに多くの人の手が入る。沢山のチェックが入るので、ある程度情報が精査されている。

このように、本というのは専門家の知識にダイレクトにアクセスできる媒体である。

権力から一番離れて言論活動ができるメディアである。

 

本を読まない人の情報源は、テレビ、ネット、新聞である。

本来、民主主義を成立させるための道具として、ジャーナリズムは必ず権力から独立して自由なものでなければならないが、現状の日本のテレビや新聞は、自由からは程遠い。

特にテレビは、現政権の放送局への介入が問題になっているように、権力の道具と化している。また、広告収入によって成り立っているがゆえにスポンサーに不利な情報も流さない。

ネットは、情報量はかなり多いが、精査されていない情報も多い。広告記事なども増えている。

このような情報を根拠にする人の選択は、果たして自由だろうか。誰かの都合のいいように誘導されるばかりではないだろうか。

 

きちんとした知識が土台になければ、自由な選択は成立しない。

きちんとした知識と呼べるメディアは、現状においては本である。

しかし、日本人の約半数は本を読んでいないのだ。驚くべき統計がある。月に一冊も本を読まない人は、全国の16歳以上の男女のうち、なんと47.5%である(文化庁、平成25年度「国語に関する世論調査」よりhttp://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/h25_chosa_kekka.pdf)。これは、約半数の日本人が自由な選択のためのリソースにアクセスしていない、ということである。

 

ベティ・フリーダンは、1950年代のアメリカで専業主婦が病んでいることを発見し、フェミニズム運動を始めた(新しい女性の創造)。専業主婦志望者は少なくともフリーダンを読んでいるべきだと思うのだが、果たしてどうか。テレビやネットだけを見ていては、フリーダンの存在すら知らない可能性がある。

フリーダンの時代は、専業主婦を選ばされた。専業主婦以外の選択肢はほとんどなかった。その選択肢を広げるために、多くの女性たちが戦ってきた。その結果、現代の私たちの選択肢は豊富にある。問題もまだまだあるが、彼女たちが勝ち取ってきたのが今の私たちの選択肢である。「専業主婦が楽だし税制上得することもあるから」だなんて彼女たちに対して言えるだろうか。

彼女たちは、実益抜きに、ただ尊厳ある人間でありたかったから立ち上がったのだ(と私は解釈している)。

 

女性が働くことを諦めざるを得ない状況があるのは確かだ。今のままでは、いくら主婦業も仕事も頑張ろうと思っても、どうしてもしんどくなってしまう。男性の協力や、男性も含めた労働環境全体の見直し、法整備、多様な支援制度の整備などに早急に取り組むべきである。

 

しかし、まずは、女性たちには絶対に諦めないでほしいと言いたい(もちろん、専業主婦をしたくてたまらないという強い意志がある人は、諦めるというのとは違う)。

「本当はこうしたい」と思っているのに何か障害があるから諦めるのは、もうやめよう。

人の価値観はそれぞれだ。でも、私は、どんなにしんどくても人間の自由と尊厳が大事だと思うのだ。「こうしたい」という気持ちは、お金や便利さには代えられない。しんどさをなくす方法は、必ずある。まだ気づいていないだけ、まだ作っていないだけ、それだけのことなのだ。諦めずに考え続け、行動していれば、絶対に見えてくる。だから諦める必要なんてない。

諦めてしまえば、いつまでたっても何も変わらない。同じ人が同じように得するだけだ。私たちの人生は特定の人のためにあるのではない。誰かの都合のいいように生きる人生でいいのか。

まずは本を読んで考えてほしい。その上で、自由に選択してほしい。考えた上での選択であれば、どんなものであれ最良の選択である。
 
新しい女性の創造

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