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21世紀のサイノツノブログ

サイノツノによる提言

フェミニストが嫌われる理由ーーそれでも、私はフェミニストである。

どうやら、日本ではフェミニストフェミニズムは未だ嫌われているようだ。当の女性たちからすら、敬遠されているように思う。

しかし、世界をみていると、エマ・ワトソン国連の女性機関の活動を優先するために俳優業を休業したり、ジェニファー・ローレンスが賃金格差の問題に取り組んだりしているが、別に嫌われていない。むしろ、世界的には大きく動いているような気がする。

 

なぜ日本ではフェミニストおよびフェミニズムが嫌われ、広まらないのだろうか。今日はその原因を考えてみようと思う。原因を二つにまとめてみた。

 

その一。フェミニストのイメージが悪く捉えられている。

日本のフェミニストのイメージは、おそらく田嶋陽子さんのイメージだと思う。そしてその彼女のイメージは、男性に対してめっちゃ怒っているイメージ。テレビの影響力は強力なので、おそらく日本で一番知名度の高いフェミニストは彼女だと思われる。また、フェミニストと名乗ってテレビに長年出演し続けている唯一の人物でもある。

それゆえに、田嶋さんのイメージがそっくりそのままフェミニストのイメージになってしまったのではないかと考えた。田嶋さんのイメージが強いので、フェミニストと名乗づらい状況が生まれたのかもしれない。

田嶋さんについてコメントをすれば、彼女に嫌悪感をむき出しにする人がいるように、「フェミニスト=怒る、激しい口調、怖い」というイメージを作ってしまったことは、残念だと思う。ただし、彼女自身がインタビュー(vol.1 - 田嶋陽子 YOKO TAJIMA HP)で認めているように、テレビに出ているとき彼女は「商品」としてふるまっているので、わざと怒っていることもあるだろう(日本社会に生きる女なら、怒るのも当然だけど)。また、同インタビューにおいて、番組の編集段階で、彼女が「たけしを攻撃している」部分をカットされてしまった、とも言っている。つまり、彼女の悪い(と思う人もいる)イメージには制作者の意図が大いに影響しているので、一概に彼女だけが悪いわけではない。むしろ、彼女を道化者扱いした製作者に怒りを覚える。しかし、彼女自身は、最初は笑うために使われたと感じてすごい徒労感だったそうだが、今はそれに合意して出ているようだ。つまり、フェミニストでもあるが、彼女はタレントなのだ。

それでも、彼女がメディアに長く出演し続けたことで「フェミニズム」が広く社会的に認知されるようになったことは見逃せない。実際、彼女は街で会った女性たちからは「見てますよ。頑張ってね」と声をかけてもらえたり、先輩の女性学者からテレビでフェミニズムという言葉を聞く時代が来るとは思わなかった、と言われたりした、と同インタビューで語っている。

皮肉なことではあるが、彼女が怒るほどテレビに出演でき、フェミニズムの認知度は上がるが、その一方でフェミニストを悪く捉える人もいる、という構造なのではないだろうか。

 

その二。フェミニズム教育の頼りなさ。

「社会人」として働いた経験がない学生にとって、賃金格差等に触れる機会がないために、フェミニズムを学ぶ必要性が理解できない。知らない世界、知識のない世界のことを言われても、逆に冷めてしまう。大学で教えられるフェミニズムの内容は、未体験で実感がわきづらいものが多かったように思う。教授には、興味を喚起するような授業を工夫してほしかった。フェミニズムという言葉は広まったけど、中身をしっかり理解していないと意味がない。フェミニズムについてまとまった学習機会を提供できるのはやはり大学だけなので、教授はしっかり学生に伝えねばなるまい(しっかり講義をするためには、日本の大学システム自体の問題にも向き合う必要があるけれども)。

学ぶ側の怠慢も指摘しておかねばなるまい。フェミニズムは、大きな枠組みで言えば人権の問題である。人権について理解していないのは、民主主義国家に生きる人間としては失格だろう。

ところが、私も大学時代フェミニズムを理解できなかった1人であった。今思えば浅はかで子供っぽいが、ジェンダー学の担当教授がヒステリックで怖い女性だと勝手に思い込んでいたため(田嶋さんのイメージも無意識に重ねていたかもしれない)、授業を適当に聞き流していた。大学卒業後、フェミニズムに目覚めて、その教授の著書を真面目に数冊読んでみたところ、とてもわかりやすく、長年研究に向き合ってきた厚みがあった。自分の勝手な思い込みは、学習の妨げになってしまう。

 

原因についての考察は以上である。

今の状況は、フェミニストの悪いイメージと、そもそもフェミニズムへの理解が不足している、という状況だと思う。

 

ただし、フェミニズムの理解に関して言えば、至ってシンプルである。

女性も男性も同じ人間である。同じ権利を持っている。憲法ではそう定められている。

であるのに、主に経済・政治の世界では、なぜか男性ばかりが権力を握っている。

であるのに、性暴力の被害者は女性ばかり。

であるのに、男性と女性のどちらかが仕事を辞めなければならないとき、女性ばかりが辞める。

であるのに、男性の不倫は許されて、女性の不倫はテレビから消されるほど許されない。

であるのに、女性ばかり名字を変えなきゃいけない。

こういった(特に)女性に対する差別、人権侵害を改善しようとするのが、フェミニズムである。男性が持っている人権は、女性も持っているぞ、ということを主張しているのである。女性学男性学ジェンダー法学、ジェンダー政治学など諸々の分野もあるけれど、主張はシンプルである。

また、ベル・フックスの定義によれば、フェミニズムとは「性差別をなくし、性差別的な搾取や抑圧をなくす運動」である。決して「反男性」の思想ではない。敵は男性ではなく、性差別である。女性が相対的に低い地位におかれている状況はもちろん見逃せないが、だからといって、女性=被害者というわけではない。性差別を内面化した女性はたくさんいて、子どもを抑圧している。男性は、女性を低い地位に置くことで利益を得ているという側面は否定できない。しかし、その利益と引き換えに男性は過剰なプレッシャーを背負ってもいる。男性の自殺率の高さはそれを物語っている。だからこそ、ベル・フックスは「フェミニズムはみんなのもの―情熱の政治学 (ウイメンズブックス (2-1))」だと言っているわけだ。

 

私は、嫌われるからフェミニストと名乗りたくないって思っていた。それに、そもそも「どんな属性の人でもフェアに生きられるようにしたい」「人類みんなが幸福であってほしい」という気持ちからフェミニズムを勉強しているので、フェミニストであると自分を定義するのはなんか違う気もしていた。

だけど、何も言わずに黙認することは現状維持に加担していることに他ならない、と最近強く思うようになった。同じことを続けていて、ある日突然改善しました、なんてことにはならない。ただただ、現状が再生産されるだけである。

だったら、私はフェミニストと名乗ろう。嫌われるとかそんなことを考える暇があったら、もっと学ぼう、もっと主張しよう。そう決めた。ここに、フェミニストを宣言する。

 

 

~おまけ~

私も勉強しているところなのでまだまだ知識不足だが、少しでも参考になればと思い、フェミニズムに関する本、映画、団体、Webサイトをいくつか挙げておく。

 

フェミニストのための書籍案内>

・まずはじめに読むべき一冊

フェミニズムはみんなのもの―情熱の政治学 (ウイメンズブックス (2-1))

フェミニズムはみんなのもの―情熱の政治学 (ウイメンズブックス (2-1))

 

平易かつクリアな言葉でフェミニズムが説明されている。自分なりにフェミニズムを勉強してきたつもりであったが、この本を早く読むべきであった、と感じた。フェミニズムの「偏狭な」イメージが覆るはずだ。フェミニズムを誤解している人にこそ読んでほしい。

 

We Should All be Feminists

We Should All be Feminists

 

 近年、世界中で翻訳されている本。ページ数はkindle版では53ページで、シンプルな英語で書かれているので、英語に馴染みがなくても読める。学術書のがちがちした雰囲気はなく、著者の実体験に基づいてライトにコミカルに書かれている。たとえば、フェミニズムの議論にapesの例を持ち出してくる人に対しては“But the point is this: we are not apes.”と明快だ。

 

ちなみに著者のTEDTalkもある。

www.ted.com

 

 

 ・エンパワーメント編

LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲
 

何回か触れている本だが、恐れずに主張する力がわいてくる。彼女のように男性社会のトップまで上り詰めた人物(FacebookのCOO)がフェミニストであることは心強い。

 

わたしはマララ: 教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女

わたしはマララ: 教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女

 

 パキスタンのスワートという美しい渓谷に生まれ、11歳の時にBBCに文章を発表したのをきっかけに、世界にその名を知られる(当時は、タリバンの脅威もあって匿名だったそうだが)存在となったマララ。恐れずに自らの信念を貫く姿は全ての人に勇気を与える。

 

・全体像をつかむ編

女性学・男性学 改訂版 -- ジェンダー論入門 (有斐閣アルマ)

女性学・男性学 改訂版 -- ジェンダー論入門 (有斐閣アルマ)

 

 大学1年生でも理解できるように書かれた入門書。まんが付き。女性学男性学が扱うトピックの全体像を掴むことができる。著者の1人である伊藤氏は、日本における男性学創始者であるので、「男性」が抱えるジェンダー役割ゆえの問題が詳しくわかる。

 

・法律編

ジェンダーの法律学 第2版 (有斐閣アルマ)

ジェンダーの法律学 第2版 (有斐閣アルマ)

 

ジェンダーの問題に関する国連の動き、各国の女性参画への取り組み、日本における女性の人権に関わる法律などが詳細に解説されている。国際的な流れがどのように変化してきたのか、それを受けて日本の法律がどう変化してきたのかがよくわかる。日本の女性参画への取り組みに足りないのは、国・自治体・企業の積極的な介入である、ということがわかる。

 

・歴史編

ジェンダー家族を超えて―近現代の生/性の政治とフェミニズム

ジェンダー家族を超えて―近現代の生/性の政治とフェミニズム

 

 近代日本のフェミニズムの流れが詳しく分かる本。専門書でありながら、難解な部分はない。近代に作られた「家庭」という概念が女性にもたらしたもの、「良妻賢母教育」の影響など、現代につながる重要な視点が多く示されている。

 

・古典編

新しい女性の創造

新しい女性の創造

 

 第二波フェミニズムの牽引者の本。1950年代アメリカ。女性は早くに家庭に入るのが理想とされ、子どもを4人持ち、郊外の住宅で忙しく主婦をする。フリーダンは200名の女性にアンケートをとって、彼女たちが精神的に病んでいることを明らかにし、彼女たちが家庭に縛りつけられていることを示した。

 

知への意志 (性の歴史)

知への意志 (性の歴史)

 

 権力はいかにしてセクシュアリティを規定していきたか、を明らかにする書。多くのフェミニズムの文献で引用される重要な本。

 

ジェンダー・トラブル―フェミニズムとアイデンティティの攪乱

ジェンダー・トラブル―フェミニズムとアイデンティティの攪乱

 

 バトラーの登場によって、ジェンダー学はひっくり返った。こちらも、ジェンダー学、フェミニズム系の本によく引用される。ただし、悪筆で有名な彼女(どうやらそれは彼女の戦略の一つらしいのだが)なので、正直読みにくい。一番重要な概念は、「セックスはすでにジェンダーである」ということ。

 読み始めても全然読み進められなかったので、私は先にジュディス・バトラー (シリーズ現代思想ガイドブック)を読んだ。

 

決定版 第二の性〈1〉事実と神話 (新潮文庫)

決定版 第二の性〈1〉事実と神話 (新潮文庫)

 

 私はまだ読んでいないのだが、こちらもよく引用される必読古典なので、載せておく。「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という有名な文章は本書にある。

 

フェミニストのための映画案内>

フリーダンの時代の女子大生とその美術教師の話。ジュリア・ロバーツ 演ずる教師のスピーチとその生き様は教え子の人生に影響を与えていく。

 

フェミニズム映画として支持を集めた本作。実際ヒーローは女性だし、登場する女性たちは勇敢に描かれている。 マックスや仲間の男性キャラクターは協力者として登場する。ここまで女性がメインで引っ張るアクション映画は今までにないと思う。

 

ドキュメンタリー映画 何を怖れる フェミニズムを生きた女たち

まだみられていないのだが、ぜひみようと思っている映画。70年代~現在まで続く女性運動の歴史をまとめた映画らしい。当時の活動家のインタビューが中心の内容のようだ。全国で巡回して上映しているようなので、お住まいの近くで開催される上映会へどうぞ。

 

フェミニズムに関する団体案内>

明日少女隊 - 明日少女隊とは

おそらく構成メンバーがかなり若いと思われる団体。設立自体も2015年と新しい。

 

アジア女性資料センター - 国境を越えてともに行動する女性たちのエンパワメントのために

1977年設立の歴史ある団体。「女たちの21世紀」という機関誌を発行している。

 

フェミニズムに関するWebサイト>

女の活動の記事 - ウートピ

ウートピ経由で上記の団体や『何を恐れる』を知った。ちょっと硬派な情報がたくさん得られる。モノを売りつける「女性向け」サイトとは一線を画す。