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21世紀のサイノツノブログ

サイノツノによる提言

脱・お金信仰

今日は資本主義について考えたいと思う。

そもそも資本主義とは「資本家は資本を提供し、労働者は労働力を提供するシステム」である。資本主義にもいろいろあるが、全部このバリエーションである。

 

では、いまの資本主義はどうだろう。いまの資本主義は、お金への信仰(お金は交換の手段であって、それ自体に価値はないのに、いつの間にか「お金を持っていること」が価値になり、盲目的にお金を稼ぐことにとり付かれていること)と結びついて、本来のシステムの枠を超えて歪んだものになっている。本稿では、「歪んだ資本主義」と表現する。

多くの国や企業は、「歪んだ資本主義」を進めている。増殖するのが資本主義のドグマである以上仕方ないが、人を犠牲にしてまでやるべきだろうか。

人を犠牲にしている例。たとえば、途上国の人たちの低賃金、長時間労働。あるいは、劣悪な工場倒壊による落命(バングラデシュ: ラナプラザ・ビル倒壊事故から2年、労働者の権利は否定されたまま | Human Rights Watch)。日本にも、過酷な長時間労働がある。途上国の労働者よりは賃金をもらってはいるし、直接的に殺されることは少ないが(間接的に過労死過労自殺によって殺されている人もいるが)、広い意味で命を削っているわけだ。

 

今や、命より資本主義が上位に来ているのだ。命よりお金なわけだ。この世で一番貴重なものは、命であるというのに。「歪んだ資本主義」というのはそういうことである。

しかし、実は、こう言って資本主義を批判することはできない。なぜなら、資本主義のドグマに、もともと人の命は含まれていないからだ。実際、商法上の労働者の扱いは「備品」である(ただし、定規よりはお金がかかる「備品」だ)。

「お金が人命の上位」という今の状況は、ある意味、「歪んだ資本主義」を正しく突き詰めた結果なのだ。

 

であるならば、「歪んだ資本主義」自体ににさよならするしか、解決策はあるまい。

企業に倫理的な行動を促すというのは無理な相談なのだ。もちろん、倫理的に行動するに越したことはない。しかし、結局資本主義の枠組みで何をやろうとも、最終的なドグマは資本の増殖であり、「歪んだ資本主義」の枠組みの中ではお金である。だから、人命が食い尽くされる前に今の資本主義を止めるべきなのである。

もちろん、未だ貧しい国が生産を増やすために資本主義というシステム自体は有効だろう。問題なのは、お金信仰と結びついていることだ。

 

ならば、私たちがお金信仰をやめればいいのでなかろうか。

お金信仰を止めた人の例。たとえば、phaさん(ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法)は、他人からものを譲り受けたり、せどりをやったり、サイト作りをしたりして、シェアハウスで「ニート」生活をしている。『月3万円ビジネス』は、支出を抑えつつ、小さいビジネスを何個か持つあり方について書かれている。マーク・ボイル(ぼくはお金を使わずに生きることにした)は、一年間お金を使わない実験をした。

このように、お金信仰をやめる生き方は可能だ。

しかし、彼らのように思い切った行動ができる人はそう多くない。もっと多くの人がお金信仰を止めなければ、今の「歪んだ資本主義」は暴走し続けるだろう。

 

そこで、多くの人が手軽にできる行動がないか考えてみた。

その行動とは、「買わない」という選択をすることだと思う。

どんな大企業でも、消費者の購買がなければ成り立たない。『独裁体制から民主主義へ―権力に対抗するための教科書 (ちくま学芸文庫)』において、ジーン・シャープ博士も言っているが(ちなみにガンジーも言っているが)、民衆や機関が協力しなくなればどんな統治者も力を失うのである。つまり、力の維持が可能なのは人びとの協力があってこそなのである。資本主義においても、「購買という名の協力」があってこそ大企業が維持されているわけだ。ならば、「不買という名の非協力」という方法をとればいいのではないか。

少し古いが、ニール・ヤングモンサントと手を結んでいるという理由でスターバックス不買を宣言(ニール・ヤング、遺伝子組換え食品の規制に反対するコーヒー・チェーンの不買を訴える (2014/11/18)| 洋楽 ニュース | RO69(アールオーロック) - ロッキング・オンの音)したのは、「不買という名の非協力」の一例だろう。

とはいえ、今の段階では何も買わないという選択は難しい。そこで、購買時に、「本当に自分に必要なモノかどうか」を一度考えてみる習慣をおすすめする。つまり、CMで見たからなどの理由で「なんとなく」買うのをやめることだ(そもそも、本当に必要なモノは、考えてみればずいぶん少ないだろう)。きちんと考えて買うことは、CMで虚飾する企業に対する非協力になるし、自分の支出も減らすことができるのだ。そして、支出が減れば、お金を稼ぐためにあくせく働く必要性も減る。一石三鳥だ。

 

「歪んだ資本主義」は、人の命を奪うモンスターとして動いている。

人の命や生活は、お金では買うことができない。人の命を奪ってお金を払っても、それは責任をとったことにはならない。「歪んだ資本主義」は、人の命に責任をとらない。

お金の論理で人が死に、苦しむ世界は嫌だ。いくらお金があっても死んだら意味がないし、死んだように生きるのも意味がない。

私は、たくさんの人がイキイキと生きている世界がいい。

 

unitedpeople.jp

上記の映画はDVD未発売のようだが、これを観ると資本主義がいかにモンスターなのかがわかるはずだ。本記事で取り上げたラナ・プラザも登場する。

 

いま生きる「資本論」

いま生きる「資本論」

 

そもそもの資本主義を考えるにあたっては、こちらの本がおすすめ。「資本論」についての講義をまとめたものなので、気軽に通読できる。ちなみに、佐藤氏は尊敬する作家の一人であるが、「資本論はカネになる」と別な著書であっけらかんと言っていて笑ってしまった。これを読んだらマルクスの原著を読もう。

 

独裁体制から民主主義へ―権力に対抗するための教科書 (ちくま学芸文庫)

独裁体制から民主主義へ―権力に対抗するための教科書 (ちくま学芸文庫)

 

 文中でもとりあげたが、独裁体制を打倒するための実践の書。実際に東欧や中東の政変に大きな影響を与えたと言われている。力の由来は、その力を人々が受け入れ、降伏し、従順することによる、という分析は、単純だが重要な示唆に富んでいる。

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