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21世紀のサイノツノブログ

サイノツノによる提言

定番服からわかること 『FASHION:BOX 永遠のモードーー愛すべき時代のアイコン』

書評

『FASHION:BOX 永遠のモードーー愛すべき時代のアイコン』を読んだ。

 

白いシャツ、 Tシャツ、ジーンズ、トレンチコート。

どんな人も認める「定番」の服。

定番服であるがゆえに、時と場所をまたいで、さまざまに着こなされてきた。

 本書では、この50年間どのように定番服が着こなされてきたのかがわかる。

 

本書をながめていて思いついたことをいくつか。

 

「ファッション」はリバイバルされるけれど、その再現は完全に同じではない。その時代の雰囲気を取り入れてつくられている。「定番」服は、素材やおおまかな形はいつの時代でも比較的同じように見える(それが「定番」たるゆえんだ)。しかし、着こなされ方はやはりその時の雰囲気が影響している。

本書を読んでいておもしろかったのはその点だ。服は同じなのに印象がちがうのだ。

たとえば、「黒いタートルネック」。1976年のソフィア・ローレンはエレガントさを感じさせるが、2008年のアン・ハサウェイはシャープな感じなのだ。

定番服の着こなしの変遷は、女性像の変遷を反映しているものだなあ、と思った。当たり前と言えば当たり前だが。定番服は、いわば定点観測みたいなものなのかもしれない。

 

「定番」服というのは、着る人の魅力を上手く引き出す道具だ、ということがよくわかった。

「定番」服は基本的にゴテゴテしていない。シンプルだ。不要なものがそぎ落とされて完成されたスタイルだ。完成された形の服だからこそ、着る人の魅力が引き立つように思う。また、何かを付け加えることも容易にできる。本書に登場する人々はみなそれぞれ美しい。

逆に言えば、身に着けた瞬間にその人の一部となり、その人そのものがくっきり立ち現れる、そういう服が「定番」服として受け継がれてきたのではないだろうか。

 

しかし、ここで言われている「定番」はあくまでファッション業界における共通コードとしての「定番」だ。

例えば、ボロボロの革ジャンをいつも好きで着てる人にとってはそれが定番服と言えるかもしれない。それぞれの人の定番はそれぞれあってしかるべきだ。

 

寒さを防いだり、傷から皮膚を保護する必要がなくなった現代的な社会において、服とはもはや身体を保護する道具ではなく、自己表現の道具としての意味合いが強い。

であれば、自由に好きな服を着たらいい。そして、それがその人にとっての定番服だ。流行の服でも「定番」の服でも、自己表現だ。自己表現には本来流行はないと思うが、「流行の服を着る」という行為によって「流行に敏感であること」を戦略的に示しているときは、大きな意味で自己表現の一種だろう(しかし、ただ単純に「流行っているから」という理由で着る場合は、ファッション業界の思うつぼだ)。

 

「定番」服関連ということで、以下の記事もおもしろい。

3分の動画でウェディングドレスの変遷がわかります。

 

time.com

 

FASHION-BOX(ファッション・ボックス)  永遠のモード―愛すべき時代のアイコン

FASHION-BOX(ファッション・ボックス)  永遠のモード―愛すべき時代のアイコン