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21世紀のサイノツノブログ

サイノツノによる提言

世界に引き込まれて 『きらきらひかる』(新潮文庫)

私が寝る前に読む本は、すぐに眠りにつける難しい本か、リラックスできる本または好きな本だ。

この前の夜はリラックスしたかったので、江國香織の『きらきらひかる』を手に取った。そうして読み始めたら眠ることを忘れていた。そういえば数年前に読んだときも、のめりこんだ気がする。

 本ブログでは小説を取り上げたことがなかったけれど、感じるものがたくさんあったので『きらきらひかる』を紹介してみることにする。

 

おおまかな内容は以下の通りである。

精神が不安定でアル中の「笑子」と同性愛者の「睦月」が結婚し、睦月の恋人である「紺」を加えて新たな関係を築いていくという話だ。

笑子と睦月はお見合いで知り合う。彼女は精神科医の助言を真に受けた親の意向で、睦月も職業(内科医)上の理由で世間体を気にする親の意向でお見合いをする。二人とも乗り気ではなかったが話してみると気が合い、結婚することになる。

 

睦月によって清潔に保たれたマンションで二人は生活を送る。

睦月は毎朝車で病院に出勤し、アルバイト程度にイタリア語の翻訳の仕事をする笑子はそれを見送ったり見送らなかったり。家事は、シーツにアイロンをあてる以外は睦月が担当している。

笑子は突然泣いたり怒ったり、セザンヌの絵にむかってうたをうたったり、紺がくれた木に紅茶をあげたりする。睦月はそんな笑子を自然に受け止めている。

ある日、二人の家に複数の友人をよんでパーティーを開く。そこで笑子と紺は知り合い、仲良くなる。やがて睦月がいなくても二人で会うようになり、一緒に睦月の職場を訪れたりもする。

 

しかし、笑子が人工授精の相談の際に「私と睦月と紺くんの三人の子供はつくることができないのか」という質問をしていたことを知った紺は、笑子を追い詰めたのだと思い、二人の前から姿を消す。紺が消えたあと二人は困惑するが、「紺くんがいない間にめんどうごとを片付けましょう」という笑子の提案で、睦月が同性愛者であることに怒っていた笑子の親に、紺と睦月が別れたことを宣言する。

1か月して戻ってきた紺は、なんと笑子と睦月と同じマンションに引っ越していた。実は、笑子が手続きを手伝っていたのだった。そして三人は、睦月と笑子がお見合いをした記念日を祝うのであった。

 

あらすじは以上である。

 

次に、私の感想を述べてみよう。

本作は、登場人物が魅力的かつ文体が美しいのですぐにその世界に引き込きこまれる作品である。

文体は実際読んで確かめるのが一番なので、登場人物のキャラクターをまとめるておくと以下の通り。

笑子は感情表現が激しくて、特によく泣く。ただ、思っていることが言えなかったり、全く違うことを言ってしまったり、繊細で一筋縄ではいかないところもある。

睦月は落ち着いていて物事をきっちりこなすのが好き。感情を表現することはあまりないが、人に対して常に良心的に接する。

紺はいたずら好きで大胆な言動をとる。初対面の人にもフランクに接し、自分を表現することに迷いがない。

三人とも性格の傾向が全く違うけれど、それぞれの人物に共感できると思う。

 

また、本作は人間の関係を美しく描いていると思う。

というのも、本作は、私の理解では笑子と睦月と紺の「三人の関係」の話である。

笑子と睦月、睦月と紺、紺と笑子という一対一の関係もまた別にあるけれど、そしてそれは夫婦関係、恋人関係、友人関係というふうにも表現できてしまうけれど、「三人の関係」はなんとも表現できない。

頑張って表現したら家族とか親友とかそんな雰囲気の言葉になるのだろうけれど、それも何か違うのだ。筆者は関係性を表現した言葉を書いていないし、書こうとしなかったのだとも思う。表現しなくても、三人の心地よい関係をなんとなく感じることができるのが本作のすごいところだ。

 

三人は三人でいることを選んでいる、というのも本作のポイントであろう。

三人の関係に本人たちは満足しているのだが、笑子の親のように、世間には不誠実な関係であるととらえられてしまう。これは現代の世間の「常識」的な感覚なのであろう。そこで紺と睦月が別れたことにすることによって、結果的に面倒な世間からの圧力をなくす。そして三人でパーティーをするのだ。

三人にとって世間の「常識」は、対処すべき「面倒事」であって、三人でいることがただただ心地よいのだった。何が良いのか、の基準を「常識」に置かず自分たちの気持ちに置いて選択する美しさ。

人間同士の関係は自分たちで決めていいのだ。

 

きらきらひかる (新潮文庫)

きらきらひかる (新潮文庫)