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21世紀のサイノツノブログ

サイノツノによる提言

聖地の雰囲気を感じる 『ブッダの聖地』(サンガ文庫)

 本書は、著者であるスマナサーラ長老が実際に仏教の八大聖地を二週間かけて旅したときに喋った言葉と写真をまとめた本である。 

 

  スマナサーラ長老という豪華ガイドの解説に美しい写真ついているので臨場感があり、読んでいるうちにスマナサーラ長老と一緒に実際に現地を歩いているような気分になった。ただ、そう感じたのは私がある程度仏教の知識を持っているからかもしれない。

 しかし、スマナサーラ長老の解説は平易な言葉でなされているから仏教になじみがない人にも読みやすく、ブッダとその教えの基本的な部分がつかめると思う。あるいは、写真だけパラパラ見るという読み方もできる。聖地の写真はもちろんたくさん載っているが、スマナサーラ長老を含む巡礼者の写真や現地の人々の写真も載っているので、肌感覚で雰囲気が感じられると思う。

 

 この記事では、第二章の「ブッダガヤー」について取り上げたい。

 ブッダガヤーはブッダがさとりをひらいた場所であるとされる。ここに菩提樹と大菩提寺がある。ブッダのさとりはどんなことであったかというと、スマナサーラ長老の言葉で言えば「お互い助けあって生きてみましょう」「それに条件をつけてはいけない」。いたってシンプルな教えである。

 

 ブッダはいろいろな教えを学んで比較して考察して、このさとり(真理とも)に達したわけではない、と著者はいう。真理に達する方法が間違っているとわかって中道を発見して実践し、さとりに至ったという。

 

 しかし、さとりは人間が発見したことのない領域のものだったので、ブッダは他人に教えるすべがないと思っていたのだが、梵天があらわれて教える決意をする。とはいえ、さとりは言葉にするのが難しい。それでさまざまな教え方が生まれた。

 例えば、「因縁説」は「すべてのものごとは因縁によって生じて、因縁によって滅するものだ」と一言でも言えるが、ブッダは四因、八因、十二因、二十二因と、人の能力に合わせて語ったという。また、「四諦」も二つに縮められることがあったという。その意味で、本書もまたブッダの教え方の一つであると言えそうだ。

 

 最後に、聖地における仏教徒の姿勢について、興味深い記述があったので紹介しておこう。大菩提寺の大塔が修復される以前は、大塔の周りにヒンドゥー教の神々の彫刻が置いてあり、ヒンドゥー教徒に拝まれていたそうだ。しかし、仏教徒たちは気にもしないでただ拝んで帰っていたのだという。

 

 ちなみに、イスラームの聖地はムスリム以外立ち入り禁止である。野町和嘉著『カラー版 メッカ―聖地の素顔』(岩波新書)によると、メッカの入り口には「イスラーム教徒以外立入厳禁」と日本語を含む七か国語で書かれた看板があり、検問所があったという。また、メッカ巡礼の写真撮影の依頼を受けるにあたって野町自身がイスラームに入信した(もちろん、彼自身が長年イスラーム圏に通っていてその土地、人間、時間との波長が合うと感じていたのも入信の理由の一つであろう)。

 これらのことから、イスラームの聖地は異教徒に対しては厳格に閉ざされていることがわかる。

 

 聖地といえども、さまざまあるようだ。書いていたらキリスト教の巡礼についても気になってきたので、いつか記事にしてみようと思う。

 

 

ブッダの聖地(サンガ文庫)

ブッダの聖地(サンガ文庫)

 

 

カラー版 メッカ―聖地の素顔 (岩波新書)

カラー版 メッカ―聖地の素顔 (岩波新書)