21世紀のサイノツノブログ

サイノツノによる提言

川上未映子が好きです 『乳と卵』とおすすめ作品

はじめて『乳と卵(らん) (文春文庫)』(川上未映子著)を読んだ時の衝撃は、もう何年か前になるけれど、よく覚えている。

独特のテンポの大阪弁の文体と、適切だがどこか特別な響きのある言葉のつらなりに圧倒されて、「こんな小説は今までに読んだことがなかった!すごい!」と、純粋に感動したのだった。内容も、上手く言葉にならなかった「女性であること」の感覚とか、思春期に感じていた尖った疑問とか、そういったことが上手く表現されており、短いけれどとても特別な作品だと思う。

それから彼女の作品にしばらく熱中した。まだ手をつけていない本があったことを思い出して、また読んでみたら、やはり彼女はスペシャルだったので、この記事を書いている。

 

わたしは特に初期の作品が好きである。鋭くて瑞々しくて。しかし、近年はだんだん世俗化している気がして(商業出版の宿命でしょうか)、それでしばらく作品から離れていたのだけど、じつは意図的な部分もあったのだと知った。新海誠監督との対談(SWITCHインタビュー達人たち 2016年9月10日 新海誠×川上未映子 表現者2人が互いの創作の秘密に迫る! - YouTube)で、前使った方法とは違う方法を使うことを意識している、と知った。また、彼女にとって小説を書くことは「やみつき」で、終わりがなくて、一つ終わるともう次の作品のことを考えているそうである。今でも活躍されているのは、こういう理由があったからなのだな。でも作品自体はやっぱり初期のものが好き。

 

今まで彼女の本を12冊(数えてみました)読んだが、その中でおすすめのものを3冊ほど紹介しておきます。

 

先端で、さすわさされるわそらええわ

先端で、さすわさされるわそらええわ

 

 詩集なので、『乳と卵』以上に言葉のつらなりが楽しめる。その分分散しているけれど、芸術作品という感じ。若さも感じます。文筆家デビュー作。

 

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)

 

 『乳と卵』的な文体の小説はこちら。より尖ってるかも。ちょっと怖いくらいに実存についてぐっさり考えさせられる。彼女の小説デビュー作。

 

世界クッキー (文春文庫)

世界クッキー (文春文庫)

 

 言葉に対する鋭敏な感覚を感じるエッセイ。通り過ぎ去ってしまうような小さな疑問にも向き合う思考の姿勢も参考になる。装丁もPOPでキュートです。未映子さんはエッセイ本をけっこう出されているけれど、このエッセイが本人の一番のお気に入りらしい。

 

「とにかく結婚したい」について考える

先日、知りあいと喋った時、結婚や恋愛について話題が及んだ。その時に「とにかく結婚したい」とのコメントがあった。わたし自身は、「とにかく結婚したい」とは思わないのだが、口癖のように言っている女性は結構多いのではないかと思う。今日は「とにかく結婚したい」について考えてみたいと思う。

 

なぜ同棲ではなく結婚なのか?

以下は、先日の会話の一部である。

私「なぜ結婚したいの?」

知人「帰宅したときに誰かが家に居てほしい」

私「では、同棲でいいのでは?」

知人「同棲だと相手が優柔不断で、結婚しなさそう。それに、すぐ別れてしまうかもしれない。」

私「結婚しても別れるのでは?」

知人「結婚してだめなら諦めがつきやすい」

 

うーむ…。

同棲と結婚の差は、単純に法的な問題であり、「帰ってきたときに誰かがいる」状態は同じだ。また、別れるとこまで想定しているのであれば、結婚してから別れるよりも、同棲の方が手続き上簡単なはずで、低リスクのように思われる。

このように考えると「結婚」自体が目的化しているように感じられる。

 

結婚への信仰

結婚自体が目的化するほどの憧れは、信仰に近いのではないか。

例えば、以下も先日の会話の一部だが、

「アラサー・未婚(彼氏なし)」の人が幸せそうだと、「すごいよね(結婚していないのに)」

「アラサー・既婚」の人が不幸そうだと、「おかしいよね(結婚しているのに)」

などのコメントがあった。

「結婚=幸せ」という図式。しかし、「結婚」と「幸せ」のあいだに相関関係はあったとしても、因果関係はないはずだ。ゆえに信仰であると私は思ったのである。そしてその信仰の裏には、結婚しか幸せになる手段はない、という思い込みがあるのではないか。つまり、自分の力では幸せになれないと思っている。「将来安泰の人と結婚したい」というコメントもあり、そこからも、幸せとは他人に与えられるものであるとの思い込みが読み取れる。

 

結婚しなくても幸せ、という当たり前の事実

では、前述の「アラサー・未婚(彼氏なし)」の人が幸せそうなのはなぜだろうか。

それは、結婚以外の幸せを見出しているからだろう。心から打ちこめる仕事や趣味があるのかもしれないし、たくさんの友人がいるのかもしれないし、パートナーがいるのかもしれない。

結婚しなくても幸せな人はいる。また、逆に不幸な結婚だってよく聞く話だ。人生には、結婚以外にも幸せを感じる領域が多々ある、というのは冷静に考えれば当たり前の事実である。

 

前時代的思考をのりこえよう

女性の社会進出以前は、結婚が女性の就職であったから、たしかに結婚=幸せだった時代もあったのだろう。しかし、この21世紀、賃金格差はあるにせよ、働く女性は普通であり、自分の力で生計をたてることができる。幸せになるための選択肢が増えたのである。

状況は改善されつつある一方で、結婚に対する思考が前時代的なままであると感じる。もっとも、このような思考は本人のせいというよりは、親も含めた社会からの女の子の幸せ=結婚という「常識」の押し付けによるところが大きいのかもしれない。また、社会に女性として生まれると、知らず知らずのうちに、自身を低く見積もられたり見積もったりすることがある。それを本人が受け入れた結果、「結婚して誰かに幸せにしてほしい(だって私は自分の力で幸せになれないから)」という思い込みに繋がるのではないか、と私は思う。しかし、仮にそうであるならば、思い込みは自分で変えればいい。自己評価をあげよう(家族内の権力関係--自己評価を上げよう - 21世紀のサイノツノブログ)。

また、もし親に結婚のことを言われても気にする必要はない。なぜなら、親というのは、子供に幸せになってほしいだけだからだ。ただし、2017年現在は、親の時代とは違い、女の子が幸せになる方法は結婚だけではなくなった、ということである。単純に言えば、親とは「時代が違う」のである。もし親を安心させたければ、自分が幸せだということを説明してあげればいいのだと思う。

 

結婚とは、子育てに便利な制度である

では、私が考える結婚の目的とはなにか。

既に書いたが、相手と一緒にいたいだけならば、同棲で充分なのではないか。そもそも、結婚したいから一緒にいるのではなく、相手と一緒にいたいから一緒にいるはずだ。一緒にいたい相手がまず先にいた上で、子供が欲しい場合に結婚し、便利な制度を使えば良いのだと思う。現在の日本では、子供を育てるなら、法的に夫婦であれば何かと有利だからだ。

結婚せずとも子どもを持ちやすい制度をつくる(異性間や1対1のペアに限らないユニバーサルな感じのがあるといいかもしれない)ことはまた別の話だが、ひとまず、子供のために結婚という制度を上手く使うのはアリなのではないかと思う。

 

一旦立ち止まって考えよう

結婚するな、と言いたいわけではない。女性が「とにかく結婚したい」と言う時、自分を過小評価していたり、思い込みが強すぎたりするので、一旦立ち止まって考えて欲しいだけである。そして、その思い込みはどこからきたのかを考えてほしい。そうすれば、たとえ結婚してもしなくても納得がいくはずである。

多くの女性が心から望む選択ができることを願っている。

 

参議院選挙を前に、女性議員について考える 『日本の女性議員』(朝日選書)

参議院選挙が公示されたので、今日は『日本の女性議員 どうすれば増えるのか (朝日選書)』(三浦まり・編著)を紹介する。本書は、女性議員へのインタビュー、アンケートなどを用いて、女性議員をめぐる状況を分析している。今回は参議院選挙に絡めて紹介するが、大事な指摘が数多くあるのでぜひご一読ください。

 

参議院は<クリティカル・アクター>となる女性議員が誕生しやすい

<クリティカル・アクター>とは、少数でもジェンダー平等に取り組む女性議員のことである。女性に関する重要な法律(1990年代後半~2000年代前半)は、議員立法が多いのだという。

女性議員の選出基盤は比例代表に多いと著者は指摘する。その理由は、女性政策に<コミットメント>している人が政党にリクルートされるからであるという。また、特に参議院の場合は、任期が長いので、当選後も選挙のことに気をとられずに立法に注力できる、という証言も紹介されている。

つまり、票をとれる候補をそろえる衆議院選挙と、<コミットメント>する候補をそろえる参議院選挙は一線を画すということであろう。

 

政治家の仕事とは何か

政治家の仕事は「立法」である。

本書によれば、議員になる動機として、女性議員には問題解決志向の傾向があるという。その問題への<コミットメント>があるからこそ、党を超えたネットワークを使って、DV防止法などを立法することができたのだ。

一方、男性議員の動機は権力志向の傾向があるという。とはいえ、議員立法をバリバリする男性議員もいるし、心から国民のために仕事をしている男性議員がいることは理解している。いろいろ批判もあるが、田中角栄議員立法しまくっていたし。でも、そういう議員ばかりじゃない(もっともこれは、官僚主導の立法ばかりであるという日本の国会自体の問題でもある)。

男女問わず、立法の仕事をしない政治家は必要ない。権力を動機に政治家になる人が、果たして立法できるだろうか。

また、女性議員は、メディアにおいて、容姿や服装についてしつこく言及されることが多いが、それは「女性政治家の評価は仕事ぶりではなく好感度だ」というメッセージを発していることになるのでやめるべきである、と著者は言う。立法という仕事に、容姿や服装は関係がないのは小学生でもわかることであろう。

 

女性議員はどうすれば増えるのか

女性にとって立候補の疎外要因は、家族の協力が得られないこと、家族的責任が重いこと、候補者を選ぶのがほとんど男性であることだという。ならば、それをクリアすればいい。ある県の県議会議員は、夫の実家から立候補を反対されたそうだが、逆に燃えた、というインタビューが紹介されている。身近な所から政治は始まっているのだ。初めはハードかもしれないが、女性議員が増えれば確実に状況は変わっていく。というのも、<クリティカル・マス>といって、女性比率が30%を超えると質的変化が起こるのだという(最近よく言われている「女性○○を30%に」の根拠はこれなのかもしれない)。

また、3・11以降議員のなり手は潜在的にいる(脱原発デモや保育園デモなど)ので、そういう人を政党側が見つけ出す努力も必要だろう、と著者は指摘している。

 

なぜ女性議員を増やすべきなのか

女性議員が少ないのは問題だ、という主張をすると、「なぜ、女性議員を増やす必要があるのか」と反論する人が必ずいるらしい。そういう時、「では、男性ばかりであることのメリットは何ですか?」と問い返す必要があると著者は言う。民主主義のあり方として、今のように女性議員が極端に少ないのは問題なのではないか?基本的権利としての政治参加は全ての人に認められているはずでは?一方の性別のみで政策を決めると、ゆがみが出るのではないか?など。

実際、女性議員の問題意識と男性議員の問題意識の傾向が異なるということが、著者達が実施した調査においてわかっている。女性議員を増やすことは、未だ解決されていないが困っている人がたくさんいる問題の解決につながるはずだ。

 

各党は女性に関わる政策をどう考えているか

さて、今回の選挙の話だが、自民党のHPや街頭演説では「アベノミクス」が強調されているものの、実際の争点は「改憲」であると言われている(さらに言えば、96条が狙いらしい)。ゆえに、改憲についてどう考えるか、というのが投票のポイントになるかと思う。とはいえ、今回のテーマは女性議員なので、各党が女性に関わる政策をどのように考えているのかについても少し触れておこう。

 

以下が参考になると思う。

www.asahi.com

 

また、以下のサイトでは、他のトピックについても選択するだけで候補者ごとまたは党ごとの政策が瞬時にわかる。日本の国会では、議員が個別に動くというよりも党の方針に拘束されるので、議員の個別の政策も大事とはいえ、まずは所属政党の方針を確認するべきだと思われる。

www.asahi.com

最後に

本書を読んで、地域の活動を通して候補者が出てくること(特に地方議会レベルでは)を考えると、自分の生活と政治は直結しているのだということを実感することができた。

意思決定の場に、人口の半分を占める女性がいることはとても大事なことであり、今回の選挙でも女性議員が増えることを願うばかりだ。もっとも、近年は性差別的な女性議員が注目を集めており、女性議員だからといって期待できるわけではない。しかし、それでも女性の地位を改善しようとしている議員は少なからず存在している。まずは、候補者のHP、政党のHP、上記のHPをのぞいてみることからはじめよう。

 

(おまけ)

今回の記事を書くにあたって知ったのだが、衆議院選挙の比例復活の際にクオータ制に似た制度を導入する案が出ているらしい。これは楽しみだ。

社説:女性議員の割合 超党派案に注目したい - 毎日新聞

 

日本の女性議員 どうすれば増えるのか (朝日選書)

日本の女性議員 どうすれば増えるのか (朝日選書)