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21世紀のサイノツノブログ

サイノツノによる提言

自由にかっこよく生きる 『村に火をつけ、白痴になれ--伊藤野枝伝』

村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝』(栗原康、岩波書店)を読んだ。

今話題のアナーキズム研究者、栗原康氏の著作。本書は、「伊藤野枝ファン」の目線で書かれた伝記である。ゆえに、固めの歴史書好きな人には向かないかもしれない。でも、野枝への愛情に溢れた栗原氏のコメントこそがこの本の魅力だと思う。

 

伊藤野枝は、「甘粕事件」でアナキスト大杉栄とともに殺害された内縁の妻として、歴史の教科書に登場する人物だ。一般的な野枝に関する知識はこのくらいかと推測する。本書の帯では、「大正時代のアナキストウーマンリブの元祖ともいわれる.」と紹介されている。アナキズムは無政府主義と言われるが、より正確に言うと、政府だけでなく誰にも従属しないぞ、という思想だ。

実際はどんな人だったのだろうか。

伊藤野枝は自分のやりたいことをとことん追求する人だった。言い換えれば、自分の欲望に忠実なわがままな人だった。

1895年、福岡に生まれる。東京の学校に行きたいと思い、おじさんに猛烈に頼んでお金をだしてもらい、上野高等女学校へ進学(14歳)。親に決められた結婚が嫌だと思えば、平塚らいてうを頼り、好きな人(辻潤)の元へ逃げる(17歳)。気持ちが冷めれば、また別の人(大杉栄)の所へ(21歳)。青鞜の主力執筆者・編集者として活躍し、論争を繰り広げる(17~21歳)。大杉とともに「文明批評」「労働運動」を創刊し、活動した(23歳~)。貧乏でお金がなければおじさんに頼る。子供の世話が大変なら、実家を頼る、同居人を頼る。お金がなくてもどうにかなるから、どんどんやる。とにかく自分の気持ちに素直に生きた。1923年、関東大震災直後に28歳で虐殺される。

彼女の思想を理解するキーワードの一つとして、脱奴隷という発想があると思う。

女は、いつも従属する存在。仕事では、結婚するまでの期間、補助的な仕事しかしないのだから、低賃金で長時間働け。だから女は、つらければつらいほど、早く結婚して楽になりたいと思う。ところが、いざ結婚しても余裕がない。結局、家計補助なのだからと、再び低賃金で働くことになる。しかも、家事は女がやる仕事。二重の奴隷生活だ。そんな状態なのに、ご主人様、資本家様という奴隷根性。

結婚制度も奴隷制だとして、批判する。女は男の財産、所有物。「性的なことから家事、育児までふくめて、男のために奉仕する」「つかいがってのよい奴隷」。それをよくあらわしているのが貞操観念であると野枝は言う。財産の権利と言う概念が出てきて、その所有権が女の上にも伸びたのだと野枝は言う。だから、女の所有者はその女を貸すこともできたし、売ることもできたし、「もし持主の承諾なしに、他の男に接した場合、すなわち姦通は、実に厳重に罰せられ」たのだ。

どうやって奴隷根性を変えるか。野枝はこう考えた。

恋愛関係のなかでは、お互い違う人間で、同化できないことを知る必要がある。夫婦関係は、「夫だの妻だのの役割をせおわされたそのときから、かならず男女のどちらかが相手をささえるために、自分の生活をうしなってしまう。」「そして、それはたいていの場合、女性なんだ」と著者は野枝の言葉を翻訳している。じゃあ、どうしたらいいのか。

親密な二人の根底にあるもの、それは性欲ではなくて「フレンドシップ」であると野枝は考える。「フレンドシップ」とは、中心のない機械のようなものである。「お互いに部分部分で働きかけ合ってはいますが、必要な連絡の範囲を越してまで他の部分に働きかけることは許されてありません。そして、お互いの正直な動きの連絡が、ある完全な働きになって現れてくるのです。」

しかし、世間は結婚制度の否定を許さない。政治家は道徳とか言って女を家庭に縛り付け、子供を産めと言ってくる。でも野枝は負けない。女性が人類の存亡にかかわると言うならば、尊敬しなさいよ。奴隷みたいに扱うならば、子供は産まないわよ。本当に子どもが大事ならば、真に愛のある生活を送り、妻という奴隷役割を捨てる必要があるんだ、と。「家庭のストライキ」だ。著者の言葉を借りれば、「そのわがままなストライキから、女性たちが、あれもやれる、これもやれる、もっとやれる、なんでもやれるという感覚を手にしていく」。 女性たち自身で、自分たちの力で、変えていくんだ。そして、そういうところから真の友情も生まれるのだ、というわけである。

野枝は、労働者の解放に関しても、労働者自身が立ち上がらなければならないと考えていた。労働組合だって、従属先が国家から労組の幹部に変わっただけに過ぎない。それでは奴隷根性のままだ。どうしたらいいか。野枝は、失業者について「その職を奪われても、食物をもぎとられても、必ず堂々と生きる道を見出すであろうということを、権力階級に宣言することだ。(中略)遂に人間の生きる権利を奪うことはできないのだという人間の命の貴さに持つ自負を、彼らに示してやることだ。」と言っている。 

 

こんなかっこいい野枝だが、自由すぎて、ちょっと変な所もあった。青鞜社で働いているときに、子どもを職場に連れて行っていた。らいてうはうるさい、と思っていたらしいのだが、野枝は同僚が面倒を見ている間に仕事ができたらしい。子どもがおしっこをしても、ちょいちょいと拭くだけ。大にいたっては、青鞜社の庭に垂れ流した(!)らしい(この感覚は田舎ならでは、らしい)。でも結局、野枝が帰った後に別の人が掃除していたというから、その人にとってはいい迷惑なのだけれど、野枝の自由さがよくわかるエピソードだと思う。

かっこいいエピソードを紹介する。大杉栄が警官に捕まって拘留されているときに、内務大臣の後藤新平(ちなみに、後藤は大杉にお金をせびられて現在の価格にして100万円ほどをあげたらしい)に長い手紙を出した。その内容は、大杉を拘束したままでいいけど、その代わりに裁判であばれるだけあばれるからな、という内容だったらしい。この手紙が投函された時に大杉が解放されたというから意味はなかったのだが、「あなたは一国の為政者でも私よりは弱い」という本書の帯のかっこいい言葉はこの手紙に書かれている。

野枝の評判は散々だ。今から十数年前のことらしいが、野枝と同世代のあばあさんが存命していたそうで、「あの淫乱女!淫乱女!」と叫んだという。友愛会の山内みなは「タカビシャ」と言っている。しかしその一方で、バートランド・ラッセル(1921年に恋人のドラと来日)には「わたしたちがほんとうに好ましいとおもった日本人はたった一人しかいなかった。」と、彼の自伝で紹介されている。

 

最後に、感想などを少し書いておく。

野枝の思想や生き方は、現代人が生きるために役立つと思った。現代はSNSが発達しているゆえに、野枝の時代以上に世間の目が厳しいかもしれない。特に女性は、野枝の時代からはマシになったとはいえ、いまだに縛りも多い。婚活が流行っているのを見ると、わざわざ縛られたい人も多いのかも、と思う。でも、嫌だったら従わなくいていいし、周りに頼っていいし、思うままにどんどんやっていいし、お金がなくても何とかなるのだ。野枝はそう教えてくれている。そう思うだけで自由になれるのではないだろうか。

野枝の思想の一つに、「相互扶助」がある。周りの人と助け合うことで、政府がなくても生きているというもの。私は、これに現代の視点を入れたい。野枝の時代は、今ほどグローバルではなかった。野枝のぜいたくは産後にマツタケを食べたいって言っていたくらいだからかわいいものだ。私は、この範囲を身の回りや日本だけじゃなくて、世界にまで広げるべきだと思う。なぜなら、現代に住む私が服が欲しい、おいしいものが食べたいとなった時、日本だけの話ではなくなるからだ。周りの人だけでなく、周りにいない人のことも考え、助け合う必要があるのではないか。

私は野枝の思想に共感するところが多くて、すっかり彼女のファンになった。全集に目を通してみようと思ったところ、プレミアがついていた。図書館で探したら貸出し中。きっと私のように野枝のファンになった人がいたんだと思う。なんだか嬉しい。

野枝は殺されてしまったけれど、逆に言えば彼女にそれだけインパクトがあったということでもある。実際、野枝の思想は死なず、こうして現代にまで受け継がれた。私も野枝のように、自由にかっこよく生きたい。

 

村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝

村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝

 

 

童貞マイナスイメージはいかにして作られたか 『日本の童貞』(文春新書)

日本の童貞 (文春新書)』(渋谷知美・著)を読んだ。

本書は、「すべての現象は言語によって構築されている」とする構築主義の立場から、童貞にまつわる言説を調査・分析し、「童貞が問題になる社会」の姿を明らかにしている。現在の「童貞」は、自虐的に使用したり、他者を攻撃するために使用したりするマイナスな意味の言葉である。しかし、マイナスな意味は時代の産物でもある。

本ブログでは、本書にならって、まず童貞イメージの変遷をまとめ、現在広く知られている童貞言説を紹介し、その後ろにある社会の姿について述べる。

なお、童貞の定義については、人によって定義が様々あるもの(接触か?挿入か?射精か?など)なので、その時その時に人びとが「童貞」と呼ぶものを「童貞」とみなしているそうだ。

 

童貞イメージの変遷。

19世紀末~1920年ごろにかけては、大学生・予科生・知識人の間では童貞=美徳であった。女性が処女を守るように男性も童貞を守るべきだという価値観があった。「新妻にささげる贈り物」としてみなされていた。ただし、同じ時代の農村、漁村では、「筆おろし」「ヒラキ」の儀式が行われていた。

戦後、特に1960年代半ばから、童貞は「恥」であるという価値観が広がるようになる。これは、不潔であるとか、女子学生からの非難とか、1964年の平凡パンチの「処女が減り、童貞増える」という記事がもとになったそうだ。もっとも、著者は「処女が減り、童貞が増える」とする記事は、サンプリングの異なる調査を比較していること、それぞれの調査が、一般化するにはあまりに偏りがあることを指摘している。

そしてついに1970年代、当事者から「かっこ悪い」という言葉を引き出すまでに至る。

1980年代に、現在まで続く童貞にまつわる言説が登場する。

ちなみに、「童貞」という言葉は、1910年代は女性に対しても使われており、人をさす用法はなかったそうである。所有物としての使われ方が主だったという。現在のように、人をさす用法がメジャーになるのは1950年代からだそうだ。

 

次に、童貞にまつわる言説をみてみよう。4つある。資料は、「大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録」の「童貞」項目に掲載された記事である。

①シロウト童貞説。

シロウト童貞とは、いわば風俗での経験のみしかないということである。

シロウト童貞言説をさらに分解すると、「風俗での童貞喪失は逃げである説」と、「無理にでも風俗で捨てろ説」があるそうだ。逃げ説は、受け身になるから素人との時に難しくなるというもの。捨てろ説は、手間暇をはぶけというもの。

なぜシロウト童貞がバカにされるかといえば、「モテない」と思われているからではないかと著者はみている。1999年のデータでは、20代の86.6%が初体験の相手が恋人であったそうだ。つまり、素人の道が開かれているのに(恋愛市場が成立しているのに)、そこで体験していない/できないとみられているのではないか、ということだ。

 ②童貞喪失年齢の規範化。

「10代後半」「20歳まで」とする言説。やらはた=やらずのハタチという言葉が登場。

しかし、90年代に「焦らずに」という記事も登場。

 ③童貞を病理化する説。

一定年齢以上の童貞に対して、ゆがんだパーソナリティを疑っている説。

ザコン(過保護が関係しているのでは?)。シャイマンシンドローム(はずかしがり)。包茎平凡パンチは、手術しろとまで言っている)。インポテンツ(アダルトビデオやオナニーが関係しているのでは?)。

 ④「童貞は見てわかる」説。

「目がギラギラしている」、目を見ない、肌がきれい/きたない、ペニスが白い/黒いなどなど。この説の特徴は、語り手が女性であるということである。判断する者が女性なのである。しかし、この「見てわかる説」は90年代に減少し、肯定的に扱う説がでてくる(本を片手にした男性のイメージなど)。

 

それでは、童貞が問題になる社会の姿とは何か。

それは、「恋愛とセックスが強固に結びついている社会」「正しい童貞喪失の基準が求められる社会」(だから、そこから外れた人が病理化される)「男性が女性に値踏みされる社会」であると著者は言う。

つまりは、『「性的なことは私的なこと」というタテマエのもとで個人のセクシュアリティがたえず公による干渉にさらされている社会』が、童貞が差別される社会である、と著者は言う。

どうすれば乗り越えられるか。

社会側は、「セックスを特権化しない」(セックス以外に価値のあることはたくさんある)「非童貞を特権化しない」(みうらじゅん伊集院光によって、精神的童貞「D.T.」という概念が提唱されている)ことが必要だと筆者は言う。

長らく値踏みされるのは女性の側であった。つまり、現在の恋愛市場で比較的に女性が優位なのは「男性の選別に対する適応の結果である」のだと著者は言う。それが70年代に入って、男性も値踏みされるようになってきたのである。このような背景を考えると、童貞=性的弱者として社会に救済を求めるのは間違っている、と筆者は見ている。

それでは、当事者はどうすればいいのか。それは、市場からおりること、風俗に行くこと、女性の選別に順応することである、と著者は言う。

 

以上でまとめは終わりである。

最後に、思ったことなど。

本書が刊行されたのは2003年だが、その後「草食(系)男子」という言葉が出てきた。これはまさに、市場からおりる人が可視化されてきたことに関係しているのではないかと思った。実際、最初に「草食男子」と言った深澤真紀氏は、「セックスやペニス至上主義じゃない男性が増えてきたね、という肯定的な意味合い」で使った、と言っている(竹信三恵子×深澤真紀 「家事ハラ炎上!」爆走トーク(2) 「草食男子」は褒め言葉だったのに | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network)。その後、リーマンショックが来て、モノが売れないのは草食系のせいだと言われ、軟弱な若者としての意味で使われるようになったそうだ。企業は恋愛を消費に結びつけてきた歴史があるので、当然の帰結ではあるが、これはとても残念なことである。

童貞イメージは時代的なものであるし、本来は個人の自由な領域である。だから、社会からの童貞イメージに囚われる必要は全くないと思う。囚われて過度に気にする必要はない。ましてや、女性を恨む必要はない。

 

日本の童貞 (文春新書)

日本の童貞 (文春新書)

 

 紹介しきれなかったが、平塚らいてうが、花柳病患者男子の法律婚を取り締まろうと、中産階級女性を主体に「拒婚同盟」をつくろうとしたという話も出てくる。これは多くの知識人から反発を受けてかなわなかったそうだ。筆者は、この知識人たちの反発は、「現状の男女の非対称性に合わせた非対称な対処」への無理解、提唱者のらいてうが女性であったこと(男性医師が取り締まりを主張しても批判されず)が原因である、とみている。また、らいてう側も反対者側も、優生主義的傾向とナショナリズム的傾向を共有していたという問題もあるそうだ。

日本の童貞 (河出文庫)

日本の童貞 (河出文庫)

 

 文庫版もあった。

現政権の背景にあるもの 『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社新書)

夏の参議院選挙が間近に迫っている。今日は、参議院選挙前に読んでおくべきおすすめの一冊を紹介したい。それが、『日本会議の研究 (扶桑社新書)』(菅野完・著)である。

安倍内閣の閣僚に日本会議の関係者が多い、という話は最近よく聞く。しかし、日本会議とは一体どんな組織なのかということはあまり知られてこなかった。本書は、数十年のスパンで、日本会議の歴史や方針、構成する人々を丹念に調査・取材して書かれている。詳しくはぜひ本書を読んでほしい。

本ブログでは、日本会議の概要と特徴をまとめて、その後にコアの団体及び、現政権との関わりについてまとめ、最後に感想を述べる。

 

日本会議は、「日本を守る会」と、「元号法制化国民会議」を前身とする「日本を守る国民会議」が統合して、1997年に結成されたそうだ。

方針は、皇室中心、改憲靖国参拝、愛国教育、自衛隊海外派遣。

日本会議を構成する団体は、宗教団体が多い。延暦寺もあれば、新宗教もあり、幅がある。また、霊友会霊友会から分派した佛所護念会教団が共存するという謎の事態が生じているそうだ。なぜ共存できるのかということは、後ほど。

 

日本会議の特徴は、効果的な運動手法、高度な事務処理能力、動員力である。

効果的な運動手法。

日本会議は、「日本会議地方議員連盟」という地方組織と、個別の事案ごとにつくられる別働団体(例えば「美しい日本の憲法をつくる国民の会」)の地方組織を持っている。彼らの活動方法は、地方議会に請願・陳情を行い、署名を集め、法制化を求める議決を求め(例えば「憲法改正の早期実現を求める地方議会決議」は、25の都道府県議会と36の市町村議会で議決された)、大規模な集会を開催し、国に圧力をかけるという手法である。実際にこのような方法で、歴史教科書採択問題や男女共同参画バッシングは成功してきたという。請願や署名活動の担い手は、宗教団体の運動員であるという。

 

高度な事務処理能力。

著者は事務局が質・量ともに高度な事務処理能力を持っているとみている。活動が大規模であることは前述した。著者が地方議員に取材したところ、請願をこれだけ行う保守系団体は他にない、ということだったそうだ。また、選挙のたびにアンケートが届くとのことだった。

 

動員力およびマネジメント能力。

著者は、日本会議の「改憲一万人大会」に参加したそうだ。そこで著者が見たのは、45分で70台のバスをさばく誘導員(ガードマンなどではなく、日本会議の関係者)の姿だった。また、整理券ごとに事前に入場ゲートを分けられていたという。著者は、団体ごとの動員数が把握しやすく、欠席率もわかりやすい、洗練された手法だとみている。

利害の異なる団体をまとめ、実際に一万人動員を達成することは、事務方のマネジメントが優れているということである、と著者はみている。そして、政治家はそれが何よりも魅力だと感じているのではないかと。ある団体は、3000人の動員だったそうだ。

多様な団体をまとめあげるのは、「君が代」、左翼への揶揄だと、大会で感じたそうである。つまり、「なんとなく保守っぽい」装置であるという。

 

以上が日本会議の特徴である。日本会議の事務方が非常に活躍していることがよくわかる。

それでは、日本会議の事務方は誰なのか。実際に運動を推進しているのは「日本青年協議会」であることがインタビューや取材から確認されている。

1970年に結成された日本青年協議会とは、「全国学生自治連絡協議会」のOB組織である「全国学生自治連絡協議会」は、「長崎大学学生協議会」+民族派の学生が結集してつくられた。「長崎大学学生協議会」は、長崎大学正常化に成功した、生長の家の学生信徒グループがつくったものだ。すべては生長の家学生運動から始まっている。長崎大学学生協議会の議長であった椛島有三氏は、現在、日本青年協議会の議長、日本会議の事務総長であるそうだ。

椛島氏と日本青年協議会は、1974年に「日本を守る会」のメンバーで生長の家の信徒でもあった村上正邦氏に誘われて、日本を守る会の事務局に入った。この頃、日本を守る会元号法制化運動に取り組んでおり、椛島氏は現在の日本会議の戦略そのものともいえる運動方法をアドバイスしたという。それによって、運動開始から2年で立法に成功した。このことは、保守陣営にとって衝撃だったらしい。

 

著者は、日本会議を支えるのは、椛島氏をはじめとする「生長の家学生運動ネットワーク」(現在の生長の家は、左傾化し、1983年に政治脱退宣言をしているので日本会議とは関係がないそうである)だとみている。

ここで「生長の家」について触れておこう。

谷口雅春を教祖とする「生長の家」。その教義はウルトラナショナリズム。『日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)』によれば、1940年、谷口は「すべて宗教は、天皇より発するなり。」と、天皇信仰を打ち出した。ゆえに、戦後に公職追放を受けた。それが解けた後、「明治憲法復活」「占領体制打破」(前掲書によれば、「紀元節復活」「日の丸擁護」「優生保護法改正」も)をかかげ、積極的に社会運動に乗り出したそうだ。その流れに連なるのが椛島たちの学生運動である。

左傾化の路線変更に異を唱える人々が、こうした運動を受け継いでいると著者は見る。

生長の家本流運動「谷口雅春先生を学ぶ会」なる会が存在するのだが、その機関誌の編集長である中島省治氏が先の「改憲一万人大会」に参加していたという。

安倍首相のブレーンである伊藤哲夫氏もかつて生長の家に幹部として所属していたそうだが、1984年(生長の家政治脱退の翌年)に「日本政策研究センター」を設立する。2007年に生長の家が出していた書籍を自身の名で再出版するなど、生長の家本流派とみられている。

日本政策研究センター改憲について、緊急事態条項、家族保護条項、自衛隊国軍化という順序をつけているが、これは安倍首相が言っていることと一致するし、日本会議の「改憲一万人大会」でも同様のことが述べられたという。

官房長官が名前を出した集団的自衛権を合憲とする憲法学者3人のうちの一人、百地章氏。彼は、学生時代「全国学生文化会議」(生長の家学生信徒、民族派学生を母体)の結成大会で実行委員長を務めた。現在は、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の幹事長、「『二十一世紀の日本と憲法有識者懇談会」事務局長である。どちらも日本会議の組織だ。「谷口雅春先生を学ぶ」創刊号の編集人でもあるそうだ。

 

著者の丹念な調査によって、数々の「右傾化」現象も、生長の家原理主義運動が根底にあることが浮かび上がる。塚本幼稚園も、在特会などの「行動する保守」も、チャンネル桜(初回は安倍首相と伊藤氏の対談)も、彼らが守り育てた側面があるそうだ。

 

著者は、彼らが長きにわたって活動を続けられてきた「淵源」とはなにか、と思索する。谷口雅春は1985年に亡くなっているので、きっとカリスマ的人物がいるはずだ、と考える。そこで著者は安東巖氏の存在に行きつく。

彼は、椛島氏より前に学生協議会会長を務めており、長崎大学正常化を主導した人物だ。主要人物の中では珍しく戦前生まれでもある。彼は、高校生のころから7年間闘病していたが、聖典「生命の実相」を読み、谷口の教えを悟り、生長の家の地方講師に指導を受けた結果病気が治ったのだそうだ。その後、高校に復学し長崎大学へ進学。著者が思うに、彼のカリスマ性を担保しているのは、この信仰体験が谷口から語られたという事実だという。また、安東氏の不思議な力についても言及している。ある証言者は「この人の言うことが幸せにつながる、お国のためにつながる」と思ったそうだ。彼と話した後、車いすのおばあさんが立ったという証言もある。

彼は表舞台に立つことなく、裏で指揮しているという証言も紹介されている。平成になる頃までは、椛島氏、伊藤氏、百地氏らは、安東氏の家でミーティングをしていたという。彼の指示をそれぞれの持ち場に戻って伝えるのだと言う。もっとも、安東氏に関してはオープンな資料が少なかったそうなので、推測の部分はあると思うが。

 

本書を読んで思ったこと。

まず、見えない存在を可視化した著者の仕事に敬意を表したい。極右的な動きの担い手が誰なのか把握できていなかったのだが、本書によって輪郭がつかめてきたように思う。わからないこと、見えないことは、それだけで恐ろしく、不気味に感じてしまうものだから、その意味で本当に意義のある著作だと感じる。

また、もし彼らが本当に生長の家原理主義をもとに活動しているならば、堂々と明かすべきであると思う。創価学会公明党の支持母体であることはよく知られるところであるのだし、日本会議に加盟している団体もその宗教を明かしている。私は彼らの思想には同意できないが、信教の自由は保障されているのだから、堂々と活動してほしい。

それから、最近の普通に見れば反動的な動きは、宗教活動の一種なのだと理解した。だからこそ、安倍首相やその閣僚たちは傍若無人なふるまいをしても平気なのだ。なぜなら、彼らが気にしているのは国民ではなく、日本会議(と、その後ろのもろもろの団体)であるのだから。しかし、政治は特定の人の宗教的願望を結実させるための道具ではない。自己実現の道具ではない。個人の嗜好で動かすものではない。国民のために政治はある。国民全員のことを考えて、国民のために行動するのが本来の政治家のはずである。政治家はどこにいるのか。とはいえ、国民にも責任があろう。今のような状況は国民が政治に無関心であったことが生み出したのではないか。政治家は自身の政治生命のためにも、票が欲しいのだ。無関心な国民は、誰に投票するかわかったものではないから、政治家は必然的に確実な組織票に頼る。

つまり、筆者の言うように、『日本社会が寄ってたかってさんざんバカにし、嘲笑し、足蹴にしてきた、デモ・陳情・署名・抗議活動・勉強会といった「民主的な市民活動」をやり続けてきたのは、極めて非民主的な思想を持つ人々だったのだ。』ということである。

でも、参院選はこれからである。投票は18歳以上ならば誰でもできる。

 

(追記)本書の刊行を受けて、日本会議関係者のコメントが以下に掲載されていた。

話題書『日本会議の研究』に関係者激怒「トンデモ本ですよ」│NEWSポストセブン

 

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議の研究 (扶桑社新書)

 

このブログにはまとめきれなかったが、本書を読めば、靖国神社参拝になぜこだわるのか、離婚期間は違憲判決なのになぜ別姓は合憲判決なのか、安倍政権がなぜ閣議決定憲法を骨抜きにできたかということや、各団体の詳しい方針、他の関係者についてが分かるはずだ。A4ノート7冊と12箱分の資料に裏付けられた力作。

 

日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)

日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)

 

 生長の家についての記述は18ページほどしかないが、成り立ちと教義の要点はわかると思う。