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21世紀のサイノツノブログ

サイノツノによる提言

坂口恭平を知っていますか

サイノアンテナ 書評 音楽

阿刀田高みたいなタイトルだが、今日は、坂口恭平氏を紹介したい。

「自由」とか「思い込みを取り去る」などを意識してブログを綴ってきたが、坂口恭平氏は、それらをナチュラルに実践している人である。

近年は作家活動がコアのようだが、今までの彼の活動は多岐に渡る。彼のことを何と表現するのかは難しいところだが、一言でいえば、「本物のアーティストだ」と思われる。思考によって建築すること、「見えないのに、ある空間」(TOKYO一坪遺産 (集英社文庫)より)への興味を持つこと、これらが彼の行動の原理だと理解している。

学生も終わりにさしかかる頃に、初めて坂口氏の本と出会い、大いに触発された。もちろん現在でもエネルギーをいただいている。じゅうぶん有名だけれども、彼の作品に触れることは世界を広げる助けになると思うので、ぜひ紹介しておきたい。

紹介の都合上、僭越ながら、彼の仕事を5つに分けてみていきたいと思う。

 

1.世界の見え方を変える思考法

坂口氏の作品をまだ読んだことのない人におすすめしたいのが以下の2冊。

新書という形態なのでしっかりとまとまっており、彼のバックボーンや思考が掴めると思う。わたしが初めて読んだのも、『独立国家のつくりかた』だったと記憶している。

 

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

 

東日本大震災を受けて書かれた本。経済の考え方がとても印象に残った。「態度経済」、「お金を稼ぐことと社会を変えることを結びつけてはいけない」、必要とされること(一緒にいたいと思われること)が生き延びるための技術、などなど。今思えば、私も坂口氏の存在が必要だと感じるから、本を買ったりこうして紹介したりしている気がする。

 

現実脱出論 (講談社現代新書)

現実脱出論 (講談社現代新書)

 

葉の緑色は、人間の顔色のように変化しているのではないか。日曜の朝は行動に時間が並走しているように感じる。98歳の自分と0歳の自分もすでに存在している。 などなど、印象的な感覚が紹介されている。

 

2.フィールドワーク

坂口氏は建築学科を卒業しているが、従来の建築には疑問を抱いていて「建てない建築家」。小さい頃から、自分の机の下を秘密基地にするなど、「巣」に興味を持っていたそうだ。ホームレスのおっちゃんたちは、坂口氏が思う「巣」を作って暮らしていた。自分の体の延長としての巣である。工夫して空間を心地よく使う。ホームレスのおっちゃんの住居の機能性(?)は驚きである。「都市の幸」を使って、楽しくサバイブするおっちゃんたちの姿を生き生きと描く彼の作品群は、常識をひっくり返す。

 

TOKYO 0円ハウス 0円生活 (河出文庫)

TOKYO 0円ハウス 0円生活 (河出文庫)

 

この本がデビュー作。ホームレスのおっちゃんへの濃密なフィールドワークに基づいて書かれている。自分の中の常識がガラガラと崩れた。見えない世界、見えていない世界「レイヤー」は、この日本にもまだまだたくさんあるのだ。彼のフィールドワーク系の本は何冊かあるが、一冊選ぶならこれだと思う。

 

ゼロから始める都市型狩猟採集生活
 

こちらは、都市で0円でモノ(「都市の幸」)を集めてサバイブするための実用書として書かれている。都市の生活者たちの知恵にうならされる。あしたから都市に放り出されても生きていけるぜ!という本。

 

3.音楽活動

彼は、ギター弾きであり、シンガーソングライターでもある。ライブを開催したり、出版記念トークなどの機会があるたびに歌っているようだ。先日は、「抗鬱ライブ」と銘打って、ツイキャスで生放送もしていた。なにかの本に書いていた気がするのだが、学生時代、インドでギター1本で稼いだこともあるらしい。家族と歌ったりもいる。彼の表現方法の一形態として、かなり重要なのではないかと個人的には思っている。以下で、無料で聴けるようにしてくれている。わたしは持っていないが、CDも出している。

 

soundcloud.com

 

新しい花

新しい花

 

 

4.小説

Twitterなどを見ていると、彼は、書くことで躁鬱(あえて双極性と言わないらしい)を上手く乗りこなしているようである。とにかく書く、書く。最近の作品は、ベケット風と称されているようだ。かくいう私は、彼の小説とは水が合わないのかもしれないと思っているのだが。『現実宿り』を読んだものの、なんとも言い難いのであった。でも、好きな人は好きなはず。他の小説作品にもTRYしてみようと思う。

現実宿り

現実宿り

 

 

5.絵(ドローイング)

絵を描くのが上手ではないわたしにも、彼の絵、ドローイングが独特の力強さを持っていることは直感的にわかる。1で紹介したフィールドワーク作品は、この絵がなくては成立しないのかもしれないと思う。彼の絵の展覧会なども断続的に開かれている。海外に、彼の絵のコレクターもいるそうだ。Twitterでもドローイングを発表している。

思考都市 坂口恭平 Drawings 1999-2012

思考都市 坂口恭平 Drawings 1999-2012

 

挿絵に使った絵はもちろんのこと、若かりし頃の写真、手帳の一部などが収録されていて見応えあり。文章も手書きで、この本自体がひとつのドローイング作品なのかもしれない。

 

以上である。

坂口恭平氏は、表現者であること、伝えたいことが、強烈に先にあって、その表現の手段が多岐に渡っている、という印象である。形がないし、形にこだわらないし、形を自分で作っている感じだ。自身の在り方と作品が一致しているという意味で、とても誠実なアーティストだと感じる。

ふだん見えていない次元からイメージを集めてきて現実に表現する彼の作品を見ると、創造性を刺激される。彼のような在り方、彼が取材した人々のような在り方がありうるということを知ると、今までの世界が少し違って見えるはず。

 

川上未映子が好きです 『乳と卵』とおすすめ作品

書評 サイノアンテナ

はじめて『乳と卵(らん) (文春文庫)』(川上未映子著)を読んだ時の衝撃は、もう何年か前になるけれど、よく覚えている。

独特のテンポの大阪弁の文体と、適切だがどこか特別な響きのある言葉のつらなりに圧倒されて、「こんな小説は今までに読んだことがなかった!すごい!」と、純粋に感動したのだった。内容も、上手く言葉にならなかった「女性であること」の感覚とか、思春期に感じていた尖った疑問とか、そういったことが上手く表現されており、短いけれどとても特別な作品だと思う。

それから彼女の作品にしばらく熱中した。まだ手をつけていない本があったことを思い出して、また読んでみたら、やはり彼女はスペシャルだったので、この記事を書いている。

 

わたしは特に初期の作品が好きである。鋭くて瑞々しくて。しかし、近年はだんだん世俗化している気がして(商業出版の宿命でしょうか)、それでしばらく作品から離れていたのだけど、じつは意図的な部分もあったのだと知った。新海誠監督との対談(SWITCHインタビュー達人たち 2016年9月10日 新海誠×川上未映子 表現者2人が互いの創作の秘密に迫る! - YouTube)で、前使った方法とは違う方法を使うことを意識している、と知った。また、彼女にとって小説を書くことは「やみつき」で、終わりがなくて、一つ終わるともう次の作品のことを考えているそうである。今でも活躍されているのは、こういう理由があったからなのだな。でも作品自体はやっぱり初期のものが好き。

 

今まで彼女の本を12冊(数えてみました)読んだが、その中でおすすめのものを3冊ほど紹介しておきます。

 

先端で、さすわさされるわそらええわ

先端で、さすわさされるわそらええわ

 

 詩集なので、『乳と卵』以上に言葉のつらなりが楽しめる。その分分散しているけれど、芸術作品という感じ。若さも感じます。文筆家デビュー作。

 

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)

 

 『乳と卵』的な文体の小説はこちら。より尖ってるかも。ちょっと怖いくらいに実存についてぐっさり考えさせられる。彼女の小説デビュー作。

 

世界クッキー (文春文庫)

世界クッキー (文春文庫)

 

 言葉に対する鋭敏な感覚を感じるエッセイ。通り過ぎ去ってしまうような小さな疑問にも向き合う思考の姿勢も参考になる。装丁もPOPでキュートです。未映子さんはエッセイ本をけっこう出されているけれど、このエッセイが本人の一番のお気に入りらしい。

 

「とにかく結婚したい」について考える

For Women フェミニズム

先日、知りあいと喋った時、結婚や恋愛について話題が及んだ。その時に「とにかく結婚したい」とのコメントがあった。わたし自身は、「とにかく結婚したい」とは思わないのだが、口癖のように言っている女性は結構多いのではないかと思う。今日は「とにかく結婚したい」について考えてみたいと思う。

 

なぜ同棲ではなく結婚なのか?

以下は、先日の会話の一部である。

私「なぜ結婚したいの?」

知人「帰宅したときに誰かが家に居てほしい」

私「では、同棲でいいのでは?」

知人「同棲だと相手が優柔不断で、結婚しなさそう。それに、すぐ別れてしまうかもしれない。」

私「結婚しても別れるのでは?」

知人「結婚してだめなら諦めがつきやすい」

 

うーむ…。

同棲と結婚の差は、単純に法的な問題であり、「帰ってきたときに誰かがいる」状態は同じだ。また、別れるとこまで想定しているのであれば、結婚してから別れるよりも、同棲の方が手続き上簡単なはずで、低リスクのように思われる。

このように考えると「結婚」自体が目的化しているように感じられる。

 

結婚への信仰

結婚自体が目的化するほどの憧れは、信仰に近いのではないか。

例えば、以下も先日の会話の一部だが、

「アラサー・未婚(彼氏なし)」の人が幸せそうだと、「すごいよね(結婚していないのに)」

「アラサー・既婚」の人が不幸そうだと、「おかしいよね(結婚しているのに)」

などのコメントがあった。

「結婚=幸せ」という図式。しかし、「結婚」と「幸せ」のあいだに相関関係はあったとしても、因果関係はないはずだ。ゆえに信仰であると私は思ったのである。そしてその信仰の裏には、結婚しか幸せになる手段はない、という思い込みがあるのではないか。つまり、自分の力では幸せになれないと思っている。「将来安泰の人と結婚したい」というコメントもあり、そこからも、幸せとは他人に与えられるものであるとの思い込みが読み取れる。

 

結婚しなくても幸せ、という当たり前の事実

では、前述の「アラサー・未婚(彼氏なし)」の人が幸せそうなのはなぜだろうか。

それは、結婚以外の幸せを見出しているからだろう。心から打ちこめる仕事や趣味があるのかもしれないし、たくさんの友人がいるのかもしれないし、パートナーがいるのかもしれない。

結婚しなくても幸せな人はいる。また、逆に不幸な結婚だってよく聞く話だ。人生には、結婚以外にも幸せを感じる領域が多々ある、というのは冷静に考えれば当たり前の事実である。

 

前時代的思考をのりこえよう

女性の社会進出以前は、結婚が女性の就職であったから、たしかに結婚=幸せだった時代もあったのだろう。しかし、この21世紀、賃金格差はあるにせよ、働く女性は普通であり、自分の力で生計をたてることができる。幸せになるための選択肢が増えたのである。

状況は改善されつつある一方で、結婚に対する思考が前時代的なままであると感じる。もっとも、このような思考は本人のせいというよりは、親も含めた社会からの女の子の幸せ=結婚という「常識」の押し付けによるところが大きいのかもしれない。また、社会に女性として生まれると、知らず知らずのうちに、自身を低く見積もられたり見積もったりすることがある。それを本人が受け入れた結果、「結婚して誰かに幸せにしてほしい(だって私は自分の力で幸せになれないから)」という思い込みに繋がるのではないか、と私は思う。しかし、仮にそうであるならば、思い込みは自分で変えればいい。自己評価をあげよう(家族内の権力関係--自己評価を上げよう - 21世紀のサイノツノブログ)。

また、もし親に結婚のことを言われても気にする必要はない。なぜなら、親というのは、子供に幸せになってほしいだけだからだ。ただし、2017年現在は、親の時代とは違い、女の子が幸せになる方法は結婚だけではなくなった、ということである。単純に言えば、親とは「時代が違う」のである。もし親を安心させたければ、自分が幸せだということを説明してあげればいいのだと思う。

 

結婚とは、子育てに便利な制度である

では、私が考える結婚の目的とはなにか。

既に書いたが、相手と一緒にいたいだけならば、同棲で充分なのではないか。そもそも、結婚したいから一緒にいるのではなく、相手と一緒にいたいから一緒にいるはずだ。一緒にいたい相手がまず先にいた上で、子供が欲しい場合に結婚し、便利な制度を使えば良いのだと思う。現在の日本では、子供を育てるなら、法的に夫婦であれば何かと有利だからだ。

結婚せずとも子どもを持ちやすい制度をつくる(異性間や1対1のペアに限らないユニバーサルな感じのがあるといいかもしれない)ことはまた別の話だが、ひとまず、子供のために結婚という制度を上手く使うのはアリなのではないかと思う。

 

一旦立ち止まって考えよう

結婚するな、と言いたいわけではない。女性が「とにかく結婚したい」と言う時、自分を過小評価していたり、思い込みが強すぎたりするので、一旦立ち止まって考えて欲しいだけである。そして、その思い込みはどこからきたのかを考えてほしい。そうすれば、たとえ結婚してもしなくても納得がいくはずである。

多くの女性が心から望む選択ができることを願っている。